在済州日本国総領事館
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総領事 余田幸夫
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○世界に飛び立つ済州
済州は,2006年に特別自治道となり,翌2007年には美しい自然がユネスコの世界自然遺産に登録され,そして内外からの観光客も昨年は650万人を越えました。国際会議も,昨年は韓国・ASEAN特別首脳会議,本年5月には日中韓サミットが開催されるなど,次々と大型会議が誘致され,済州は国際的に大きく浮上しつつあります。また国際英語学校も来年秋に開校される予定です。7月にスタートした新知事体制によるスローガン「世界が訪ねる済州,世界に飛び立つ済州」が示すように,済州はこれから益々発展の勢いを増して行きそうです。
○小学校における日本語学習と交流
そうした中で,小さいながらも当館にとって眩しいほどに輝くものがあります。それは昨年3月,済州市の一徒(イルド)小学校が全国で初めて日本語を正規科目に取り入れたことです。去る5月に鳩山総理夫人が同学校を訪問され,日本語の授業・歌・演劇を視察されながら生徒たちの日本語に対する意欲と実力に感嘆されました。また先日の「日本語デー」に招かれた当館館員が,ボランテイアで日本の風呂敷一枚で様々な袋の作成方法を披露したり,生徒達と一緒にお餅つきの実演等を行った際,生徒達が日本語で「こんにちは。ありがとうございます」等と元気な声を掛けてくれたのは,私たち外国人にとって本当に嬉しいものでした。そういえば先般,権哲賢(グォン・チョルヒョン)駐日韓国大使が,日本のある小学校を訪問された時,教室に入るや日本の生徒達が韓国の歌を韓国語で歌って歓迎してくれ,彼らが韓国文化を一生懸命勉強している姿を見て感動したと仰っていました。このように日韓双方の子供達がお互いに相手の言葉で挨拶を交わしたり,何の偏見もなくお互いを理解し相手の文化を尊重し合う姿勢が定着していけば,日韓両国ほど頼もしい関係はないだろうと思います。また先日,済州と日本の高校の姉妹締結10周年記念に招待され,毎年生徒が相互に訪問し友好信頼関係を築いてきていることを知りました。日韓間に政治的な問題が生じた時も,この若者の交流を中断させず,着実に実施してこられた校長先生をはじめ関係者の皆様の強い信念に対して心より敬意を表した次第です。まさにこのような間断なき民間交流こそが,両国の将来にとって友好親善のための大きなパワーになるのだと確信しています。
○ 国際観光都市と民俗文化
済州は国際観光都市を目指して年々発展し脚光を浴びてきていることは前述のとおりですが,今後,街の発展に伴って済州の文化芸術面の活動も一層重要になります。私の場合,済州に住めば住むほど魅力を感じるのは,この素晴らしい大自然の中で遙か遠い昔から永い時間をかけて育んでこられた済州の人々による民俗文化芸術に触れることが出来るからだと思います。「イルボネセソシク」3月号に書かせて頂いた「海女文化」もその一つですが,海女文化と切り離せない関係に民俗芸術とも言える「クッ(굿)」についての私の感想を記してみたいと思います。
昨年,世界無形文化遺産に済州の「チルモリダン・ヨンドン・クッ(칠머리당영등굿)」が登録されました。それは漁夫や海女の安全や豊漁,幸福等を祈願し,ヨンドン神に感謝するための祭りで,毎年旧暦2月に行われています。このクッを行うシンバン(巫堂,神と人間の仲介者)は,人間文化財に指定されています。済州で最も代表的なこのクッは,朝から夕方まで続けられ大変賑わいます。祭壇には果物や穀物,干し魚,そして豚の頭等が所狭しと供えられ,その前でシンバンが赤青黄など華やかな服装を着用し,太鼓や鐘等の楽器音に合わせて踊り,そのシンバンの一挙手一投足の動きや手に持つ各種の道具,何を見ても新鮮で神秘的です。
済州には昔から1万8千の神々が宿ると言われているだけに,道内各地の海辺や森の中などに黒石に囲まれた大小様々のクッをする場所があり,いずれも大きく見事な神木や神堂がある等,それだけで不思議な雰囲気を醸し出しています。旧暦の2月の早朝にある本郷堂で行われるクッを拝見するため,朝寝坊の私も頑張って真っ暗闇の中を車で出掛けました。現場でロウソクの火がゆらゆらと揺れる中,祭壇にお供えの準備をしている婦人達の様子は幻想的でもありました。クッも場所によって,またシンバンによってその場の雰囲気も違ってくるようですが,神秘的な雰囲気の中にも和やかな村人と気心の知れあったシンバンとの温かい交流が垣間見られます。これは神聖な儀式であると共に,神人和楽のうち解け合った平和な世界で,そこにほのぼのとした海女達の温かさと逞しさが感じられます。海の恵みを誰よりも良く知り,同時に海や自然の厳しさと過酷さ恐怖を誰よりも良く知りぬいている海女だからこそ,このような信仰心と感謝の気持ちがクッの世界で素直に表現されるのではないかと感じました。
日本でも,海女は海に入る前に身体を清めて神前で祈願し,各地域ごとに身の安全や豊漁を祈る村祭が行われています。同じ海女文化であっても,済州と日本とではいろいろ異なる点があり,その興味深い比較研究も盛んに行われているようです。
○日韓の海女文化交流
済州がこれから国際観光都市として「世界が訪ねる済州」を創りあげていくために新たな建造物や便利さ等の追求と共に,全体としてのバランスのとれた魅力的な都市を築いていくことが期待されています。そのバランスと魅力的な要素の一つが,済州独自の民俗文化芸術であり,それらをしっかり保存し育成していくことが大変重要だろうと思います。
世界で韓国・済州と日本にしか存在しない海女文化は,今日,双方で海女の高齢化・後継者不足,資源の減少等の共通の問題があり,このままではいずれ衰退する可能性も否定出来ません。この海女文化を維持し発展させることは,海に生き生きとした鮑やサザエ等の水産資源を蘇らせることで,それは環境問題や温暖化等に対処していくということに他なりません。
海女文化を誇る双方が知恵を出し合って,諸問題の解決のための対話の場を増やしていくことが大事です。そのための一つのアイデアとして,済州と日本(例えば,海女の最も多い地域の三重県鳥羽市・志摩市等)が友好都市関係を締結してはいかがでしょうか。そして双方が幅広い交流と協力の輪を広めていければ,双方が目指す海女文化を世界無形文化遺産として登録する上にも役立つのではないかと考えている次第です。
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